December 11, 2006

沢庵忌

Photo 今日は、正保2年12月11日(西暦1646年1月27日)の沢庵和尚(1573-1646)の命日で、「沢庵忌」とされている。但馬国出石城主山名家の重臣だった秋庭氏の次男に生まれたが、8歳のときに秀吉によって山名家が滅ぼされて父親は浪人となり、10歳のときに出家した。寛永6(1629)年、紫衣事件に連座して出羽国上山(現在の山形県上山市)に流罪となった。1632年、将軍秀忠の死去に伴う大赦で江戸に戻るまで、上山城主土岐氏が寄進した「春雨庵」で過ごした。[以上、Wikipediaを参考とした]
先月中頃、所用で上山に行ったとき、初めて「春雨庵」(昭和28年に再建)を訪れた。朝早く、旅館の下駄を借りて行き着いた「ゆかりの地」はまことに思い出深いものとなった。

「沢庵」の語源には、沢庵和尚の創意など諸説あるようだが、「将軍家光のダジャレ」説が気に入っている。家光が東海寺に沢庵和尚を訪ねたとき、「大根のたくわえ漬け」が供された。家光はことのほか気に入って、「これは“たくわえ漬け”じゃなくて“たくあん漬け”だね」と言ったとか。

   沢庵を噛むや雪降る信濃にて  森 澄雄

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August 19, 2006

江戸東京たてもの園、多摩モノレール

息子に以前から勧められていた「江戸東京たてもの園」に、息子の車に乗せられて行ってきた。Tokyo_tower_s33
「江戸東京たてもの園」とは、小金井公園内の西側に平成5年に開園された、江戸時代から昭和初期までの建造物27棟を復元展示した野外博物館である。
今日も昨日に引き続き猛烈な暑さで、3人とも汗みどろの熱中症的状況となったので、約半分の建造物を見学して、「高橋是清邸」内にある「茶房」で茶そばを食べて引き上げることにした。
特筆すべきは、特別展「できゆくタワーの足もとで」である。「タワー」とは東京タワーのことで、要するに「昭和30年代のくらし」がテーマとなっていて、僕とかみさんにはウルウルものの展示が集まっていた。中でも、写真の「半完成の東京タワー」は僕が中学の修学旅行で目にしたものであり、汗腺が収縮した後に涙腺を一気に拡張してくれた。
秋にはもう一度絶対に来ようね、と約束し合って、次に訪れたのは、これも息子の以前からのお勧め「多摩モノレール」である。車で帰る息子と別れて「上北台」駅から「多摩センター」駅までの40分弱のモノレール相合乗り。途中から最前列のシートに陣取って「ちょっと高見の見物」にはしゃいだ夫婦であった。
それにしても、世間知らずの両親にいろいろな経験をさせてくれる息子ではある。

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