御嶽神社(高松)
当社の祭神は国常立尊(くにとこたちのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)の三神で、木曽御嶽神社の分霊を勧請したものです。
新たな道が開けて木祖御嶽山への登拝が容易になったのは、天明(1781〜)の頃からといいます。その後、江戸を中心に御嶽講をまとめ、信仰を広めたのは一山行者です。その一山行者を講祖に祭る一山社が境内にあります。また明治十一年当社を創いた小沢林蔵君碑、及び氏を初代とする一山講先達の碑もあります。
むかし、ここから約一五〇メートル北、富士街道沿いに高松寺という真言宗の寺がありました。明治初年廃寺となり、墓地は愛染院に合併され、本尊の薬師如来はその時当地に移されました。御嶽神社・薬師如来記念碑は神仏分離後のものとして珍しいものです。
鳥居脇の石仁王二体は宝永三年(1706)伊賀忍者の頭領服部半蔵が高松寺へ寄進したものです。背面に半蔵の銘が見えます。伊賀衆は、幕末まで橋戸村(現在の大泉町)を領地としていました。当地は江戸屋敷(四谷伊賀町)と領地橋戸村との往還にあたっていました。
昭和六十年三月』
◆社殿前の狛犬は蹲踞の姿勢の江戸型。奉献年は「明治三十九年十一月」、石工名は「上戸田村 石工 榎本九一郎」。
◆初対面 '05/09/26
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